2008年12月31日水曜日

除夜の鐘きいてみませんか

全国24の鐘の音を聞くことができます。

公開期間 1月5日まで

除夜の鐘

明日不期

100年に1度の大不況に突入したのではと言われています。
先の読めないとても不安な時代です。

禅には 明日不期(明日を期せず) という言葉があります。

どんなに考えてもわからないことにはとらわれずに、わかる時がくるまで待つ。
それよりも常に考えなくてはならないことがある。
「今、何をすべきか」ということである。

今、現在を大切にして生きていくことがお釈迦様の教える生き方です。

ブログをご覧くださりありがとうございます。
来年が皆様にとって良い年となりますよう祈念いたします。

合掌

2008年12月30日火曜日

見つめ直し

今年も残すところあと一日となりましたね。

今年一年を振り返ってみて気になることがあります。
それは、テレビを見るといつも誰かが不正をして「申し訳ございませんでした」と謝っている映像ばかりがながれていたということです。

「正」しいという字は、一 度 止 まると書きます。

どんな時でも、一度立ち止まり、自分を見つめ直すことができない世の中になってきているのかもしれません。きっと余裕のない世の中なのでしょう。

明日は大晦日。
除夜の鐘をきいて心を掃除し、己を見つめ直す時間にしてみてはいかがでしょうか。

2008年12月24日水曜日

験(しるし)なきこそ、験(しるし)なりけり

験(しるし)とは効き目のこと。
お願い事をしてご利益があれば誰でもうれしいものである。
しかし、祈って願いがかなえられたなら、さらに願いはふくらんで、結局は迷いの世界に入ることになる。欲望に際限はない。

祈っても願いはかなわないことを知ることこそ、仏様は言いたいことである。

祈っても験がないことが、験なんだと気づくことも大切なことである。

2008年12月20日土曜日

「いただきます」と「ごちそうさま」



いただきます

 食べ物の命を「いただきます」という事です。
 動物や植物の命を自分の命のためにいただくのです。
 自分以外の生き物たちに生かされているという事は忘れれてはなりません。


ごちそうさま


 漢字で書くと、ご馳走さま。
 「馳」・「走」、両方とも走るという意味です。
 食べ物を口にするまでには、どれだけの人が走りまわったのでしょうか?
 農家の人、漁師の人、食べ物を運んでくれた人、料理を作った人などなど。
 その人たちの労をねぎらう、感謝の意味があるのです。
 その人たちのお陰なのです。


何気なくつかっていることが多いのでは。
いつでも意味を噛みしめて使いたい言葉ですね。

2008年12月15日月曜日

言葉は命

谷川俊太郎さんの詩 
 「一つの言葉」


一つの言葉で 喧嘩して

一つの言葉で 仲直り

一つの言葉で 笑い合い

一つの言葉で 泣かされる

一つの言葉はそれぞれに 一つの命をもっている

きれいな言葉は きれいな心

やさしい言葉は やさしい心

一つの言葉を大切に

一つの言葉を美しく


味わいのある詩ですね。
当たり前のように使っている言葉。
その言葉は命・心なんです。
日々の言動を反省しなくては・・・。

2008年12月14日日曜日

やめられない、止まらない、落花生



千葉県八街の落花生。
千葉の友人から毎年贈られてきます。
全国の生産量の半分も占めてるようです。
家ではめったにお酒は飲みませんが、今日はお風呂上りにビールとつまみに落花生を頂きました。かっぱえびせんのように食べ始めると止まりません。

2008年12月10日水曜日

己が己がの我をすてて おかげおかげのげで暮らせ。



己が己がの我をすてて

おかげおかげのげで暮らせ


浄土宗を開いた法然上人の言葉です。
うまくいっている時こそこの言葉を覚えておきたいものです。

誰もがこのような気持ちを持てば、世の中も少しは変わってくるかもしれませんね。

今年もあとわずかとなりました。
もう一度感謝の心を忘れずにいきましょう。

2008年12月9日火曜日

痛快!

私は英語が話せませんと始めに断って、日本語でスピーチをしていたノーベル賞受賞の益川教授。
益川教授は高校の頃英語の勉強を放棄したという。その理由がとても痛快である。

「日本語で書いている自分の論文をいつの日か世界中の奴らに読ませてやる」

2008年12月6日土曜日

うっすら雪化粧



朝起きて外を見ると、うっすらと雪が積もっていました。
昨日も今日も船は全便欠航。大荒れです。
平年を10度も下回る気温だったようです。

午前中はしばらく停電に。部屋にはストーブがないため、とても寒くなりました。
普段何気なく使っている電気ですが、とても依存していることを痛感しました。

今日のプチ修行は船が欠航の為、中止となりました。

2008年12月3日水曜日

行動が変われば心も変わる

心が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる。

アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームスの言葉
ヤンキーズの松井秀喜はこの言葉を座右の銘にしているようです。

大切なことは私は具体的に行動してみることだと思っています。
ちょっと意識して行動をこれまでと変えてみると心は変わってきます。

レスリングのアニマル浜口は「あっはっはっ」「あっはっはっ」と言って故意に笑っていますが、笑っていると心も変わってくると言っていました。
僧侶になりたての頃、あるお坊さんが
「僧侶らしく常に振舞っていなさい、そうすれば自然と僧侶になっていくものです」
と言っていたのを覚えています。

心を変えようとすることよりも、意外と行動を変えてみる方が簡単なのかもしれません。

2008年11月29日土曜日

大袈裟(おおげさ)

内容や振る舞いが、事実や通常より派手だったりと実質以上に誇張されている事を言います。
元は、大袈裟に切る、と言った使い方をしてまして、刀で大きく袈裟(けさ)がけに人を切る事を意味していました。「袈裟がけ」とは、僧侶が袈裟をかける様子、つまり左肩から右脇下までを袈裟で体を覆った態を表してます。
大袈裟に切るとは、肩から反対の脇下にかけてバッサリ切る事なんですね。
袈裟本来の意味は、地味な色というものだったんですが、それが今や人を切る様子や派手な意味合いに使われるとは、袈裟を着けてたこれまでの僧侶に問題があったのかもしれません。
反省したいところであります。 (実行副委員長)

2008年11月28日金曜日

2008年11月24日月曜日

「将来」は今の積み重ね

「将来」という言葉はとてもあいまいである。
5年後のいつなのか、10年後のいつなのか。個人差もある。

今の積み重ねが将来でしかない。

将来こうありたいという目標なり夢がある。
ではそれらをかなえるためには、具体的に今から何をしていかないといけないのか決まってくる。そして具体的に行っていく。
日々のその積み重ねなくしては目標や夢は実現できないのである。

「将来」というこの言葉、うやむやにしてしまう便利な言葉でもある。

仏陀の化身

10ヶ月瞑想を続けて以前話題になったネパールのラム・バハドゥール・バンジャン君(17)。
9ヶ月ぶりに人前に現れ、説法をしてまた姿を消した。

信者以外にも多くの人々が彼を見ようと集まってくるらしい。
仏陀の化身とも言われている。

様々な問題を抱えている世界の救世主となるのか???

2008年11月20日木曜日

お薦め本

海士町司書さんからお薦め本を紹介してもらいました。

川上弘美著 「風花(かぜはな)」(集英社)

都会に住むすれ違いの夫婦のお話です。
僅か一ミリのすれ違いが、数年たつと取り返しのつかない距離に・・・
そして何も言えなくなる。

夫婦のコミュニケーションを考えて見るにはよい一冊でしょう。

2008年11月18日火曜日

「型破り」と「形無し」

歌舞伎の中村勘九郎さんの言葉です。

基本がしっかりあり力をつけて型ができているので「型破り」と言える。
基本もない、力もないのに新しいことをしようとすると「形無し」になる。

「型破り」な人だなと思っていたら、それは意外と「形無し」な人だったりすることも・・・

「型破り」が「形無し」にならぬよう、基本はしっかりと身につけたいものです。

2008年11月15日土曜日

桃栗三年柿八年

先日東京で苦楽を共にした後輩の結婚式が行われた。
披露宴でスピーチの際、ある方が言った諺です。

桃栗三年柿八年

桃と栗は芽生えてから三年、柿は八年で実を結ぶということ。
つまり何事も成就するまでにはそれ相応の年月がかかるということです。

因みに桃栗三年柿八年の後には、色々な言葉が続くようです。地方によっても違うとか。
~梅は酸い酸い13年
~柚は大馬鹿18年、
~りんごニコニコ25年、
~女房の不作は60年、
~亭主の不作はこれまた一生、
~柚子は9年でなり下がり、梨のバカめは18年
~柚の大馬鹿18年、銀杏の気違い30年 などなど。

2008年11月10日月曜日

自己中な世の中

講演を聴いているときの出来事。

講演途中に20代後半の男性が入ってきた。
私の隣は空席がありそこに彼は座ろうとしてこちらに向かってきた。
その空席へ行くには、私の前を通らないと座れない席。
座っていると通路が狭いため、私が立って移動しないと通れない状況であった。

彼は私の前を強引に通り抜けようとした。私は立って移動し彼は通ることができた。しかし、「すみません」も何もない。講演途中にも彼は出ようとした。その時も何も言わずに強引に私の前を通ろうとした。私は立って移動し、彼はまた通ることができた。その時も何の言葉もない。ただ私をチラッとみただけ。

「すみませんぐらい言え」と喉もとまででかかったが、講演中でもありぐっと我慢。
そういえば出張で東京に行ったときも電車の中で足を踏まれたが、すみませんも言わない人がいた。足が痛く睨んでしまったが、その時も相手はちょっと頭を下げるだけだった。

世も末だなと思う出来事であった。
「先生、世も末ってなんですか?」と学生より聞き返されたと大学教授が嘆いていた記事を思い出した。(笑)

自分さえよければよい。他人のことは関係ないのか。
「そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ」が流行った理由もうなずけるような気がした一日であった。

2008年11月9日日曜日

ユニバーサルデザイン

最近「ユニバーサルデザイン」という言葉をよくきく。
定義は、「特別な設計などせずに、誰もが可能な限り最大限まで利用できるように配慮された製品や環境のデザインのこと」。
年齢や障害の有無などに関係なく、使いやすいようにデザインすることなのです。

私は、色々な人を思いやっているデザインだと思っている。

ユニバーサル教育、ユニバーサルな授業など教育現場でも積極的に用いられている。

お寺にもこの考えは必要かもしれない。

メモ

サイエンスライター柳澤桂子さんの言葉

『医師』はそのひとの人格以上の『医療』はできないものである

『 』には様々な職業が入るのではないでしょうか。

2008年11月8日土曜日

中国太郎

仕事で浜田へ。
松江から電車に乗り浜田へ向かう。
下の写真は電車に乗りながら江津駅近くで撮った写真、江の川(ごうのかわ)である。
中国地方最大の川で江川(ごうがわ)とも呼ばれている。

江津出身の友人がおり教えてもらったが、この川は別名「中国太郎」とも呼ばれている。


2008年10月29日水曜日

「天知る、地知る、人知る」

当時、学校で物が紛失することが多く問題になっていました。
その時に校長先生が全校の前で話された言葉で、今でもよく覚えています。

「天知る、地知る、人知る」

必ず我々の行いは誰かがみているものです。
偉大な何かによって全てをお見通しなのです。
良いことから悪いことまで。

今の世の中、この意識がとっても薄れてきているように思います。

似た言葉で

お天道様に申し訳ない、お天道様が見てる
お天道様に言い訳できない、お天道様に顔向けできない 

「畏れ」を忘れてしまっている世の中。
早く取り戻さなくてはいけません。

どんなに豊かになろうが「畏れ」のない世の中ほどおそろしいものはありません。
景気回復も大切なのかもしれませんが、
「畏れ」回復にも取り組んでいかなければなりません。

目には見えない世界も大切にしたいものです。

2008年10月28日火曜日

高橋尚子引退

「申し訳ございませんでした。」
ニュースを見るといつも頭を下げている記者会見ばかりが目立つ。

しかし今日はさわやかな記者会見があった。
マラソン選手高橋尚子の引退会見。自分の限界を感じ引退を決意したようである。

引退後もあの笑顔で皆に元気と勇気を与えて欲しい。

2008年10月22日水曜日

布施は「喜捨」

お布施は「喜捨」とも言います。
つまりお布施とは、喜んで捨てるということです。
賽銭の行為も「喜捨」となります。
何の見返りを求めずにただ与えるだけの行為なのです。

修行の一つに托鉢があります。駅前などで笠をかぶったお坊さんが手に鉢をもってお布施を頂いたり、あるいは家々を回ってお布施を頂くという行為のことです。

托鉢について次のような話があります。

お釈迦様は托鉢に行くお弟子さんたちに向かって次のように言いました。

「これから托鉢に行くのだが、貧しい人たちの家を回って托鉢をするように。決してお金持ちの家には回ってはなりません。」

お弟子さんたちは驚き、
「なぜお金持ちの家にまわってはならないのですか?」
「お金持ちの家から喜捨を頂くのではないのですか?」と聞きました。

するとお釈迦様は
「貧しい人たちは自分が貧しいと思っているから他人に施しをしてこなかったのです。そうすると貧しさから抜け出すことができないのです。私たちお坊さんが喜捨を頂きに行くのは、貧しい人たちを貧しさから救ってあげるためなんですよ。だから貧しい人の家を回るのです。」

金額は問題ではありません。
自分のためだけにお金を使うのではなく、喜捨という行為、他人に喜びを与えられるようになる、他人のためにお金を役立てることが、貧しさから抜け出る方法だということを教えているのですね。


ブログ右上にはお賽銭箱があります。
カーソルをお賽銭の所にもっていき、マウスの左を押すとお布施をすることができます。
カーソルをお賽銭以外の所にもっていくと人の手がでてきてお金を盗む事もできます。
最後は参拝終了へカーソルを移動しマウスの左を押してください。
お気持ちのある方はお布施をどうぞ。喜んで捨てていってください。

2008年10月19日日曜日

朝起きたらすることがある

「葉っぱビジネス」で過疎の町を高齢者といっしょに甦らせた社長が話ていた言葉がある。

朝起きたらすることがある、しなければいけないことがある。何もすることがないのは恐ろしいこと。


葉っぱビジネスについて、「そうだ、葉っぱを売ろう!」という本がでているが、その帯には村上龍のコメントが次のように書かれている。

 重要なのは「町興し」「村興し」ではなく、
 その土地に生きる一人一人が目標と生きがいを持てるかどうかだと、
 見事に証明して見せた。


首相が任期途中で仕事を投げ出す時代。
しかし、この社長は最後まであきらめずに高齢者に生きがいを見出した。
そして高齢者は、朝から役割をもってエネルギッシュに動いている。

これは葉っぱで元気な町の話。

今度はヘビーメタルで元気な村がある。
これは映画にまでなっている。

そこはドイツ南部の村、ドンツドルフ。主な産業の1つはヘビーメタル。

自宅で趣味として現在のGMがレーベル(音楽ソフトを制作・発売する会社)を立ち上げたが、それが今では世界でも最大規模のヘビーメタル専門のレーベルに成長。
ロスやブラジルにも支社をもつまでに。

村の主婦たちは朝からすることがあるのだ。
会社にいき通販部でヘビーメタルのグッズを世界中へ配送する作業。

ヘビーメタルが生活に根ざしているという。
田舎とヘビーメタルが共存してしている町である。

こんなに大きくなったら会社はもっと便利な場所へ移転すると思うが、このGMは村に残している。なぜなのかとても興味がある。
観てみたい映画である。


映画「HEAVY METAL IN THE COUNTRY」

 公式サイト  http://www.amuse-s-e.co.jp/metalmura/

お十夜

10月から11月は浄土宗や天台宗のお寺ではお十夜法要が行われます。
西方寺では、10月18日(土)に行われました。

お十夜とは?

無量寿経というお経の一説に「十日十夜、善い行いをすれば仏の国で千年善い行いをするよりも尊い」と書かれています。善行というのは、お寺でお念仏を唱えることです。お寺でお念仏をお唱えして功徳を積む法要なのです。

昔は、旧暦の10月6日~10月15日に渡って十日十夜行われる法要でした。
いつの頃からか短縮され、現在では各地で1日から3日位で行われています。

仏の国で千年行う善行よりも勝れているのですから、とても有り難い法要なのです。

鎌倉の光明寺、鴻巣の勝願寺、八王子の大善寺は関東三大十夜と呼ばれ大勢の人で賑わいます。

2008年10月13日月曜日

もうはまだなり まだはもうなり

アメリカ発で世界の株価が大暴落。今日はヨーロッパの株価が反発してきている。明日のニューヨークや日本の株価は一体どうなるのでしょうか?

株で思い出すのがこの言葉。
「もうはまだなり、まだはもうなり」
昔、城山三郎の小説を読みあさっているときに出会った言葉である。

もう底だと思えるようなときは、まだ底があるかもしれないと思ってみること。
まだ下がるのではと思えるようなときは、もう底かもしれない考えてみること。

株価はもう底かもしれない。いやまだ底があるかもしれない。
何事もすべからく選択である。

2008年10月8日水曜日

『高眼手低』

ノーベル物理学賞に日本から3人選ばれた。その一人の益川教授がインタビューで語った言葉。それが「高眼手低」。

本来の意味は、多くの知識や発言することは立派だが、実際自分が手を動かしてすることはできない人のことを指す。

益川教授はそれを、「自分の理想や目標などは高くもって、実際に手をつけるのは低く着実なところから」と解釈していた。

理想や夢を追い求めていくことはよい。しかし取り組むときは低いところから地道に手をつけていかなくてはならない。注目を浴びないところでもしっかりと着実に取り組んでいかなければこのような賞はとれなかったであろう。

どの世界にも通じる言葉ですね。

2008年10月4日土曜日

『告白』/町田康



人はなぜ人を殺すのか。
河内音頭のスタンダードナンバー<河内十人斬り>をモチーフに、町田康が永遠のテーマに迫る渾身の長編小説。
(帯より)


本との出会い

ダヴィンチで紹介されていたので購入。
読もう読もうと思っていたが、とても分厚い本。約700ページもの長編作。
購入した本をすぐ読む必要もなく、本棚へ直行。読みたくなったら読もうと決めていた。背表紙を眺めてどんな本かな~と想像するのも楽しいもの。結局1年近く本棚にあったが、先日ついに手に取ることに。背表紙が「読んでくれ~」と訴えてきたからだ。直感を大切にしたいので、ちょうど私には読む時期が来たと思い読み始めてみた。

感想

思ったことをすぐ口に出していえる人。そうできない人。
主人公の熊太郎は後者のタイプ。そしてとても繊細で何事も考えすぎてしまう。しかも虚栄心が強く見栄っ張りな為、余計に物事が悪い方向へとながれていく。
人を殺してしまう主人公。でも不器用さが憎めない。考えすぎて悪循環に陥ってしまうが、その過程が鋭く描かれており、読みごたえのある作品であった。
主人公と関わりのあった人たちがもっと彼を理解してあげられればと悔やんでしまった。

作者は面白いことにロックミュージシャン(パンク歌手)でもあり、俳優でもあり、詩人、小説家でもある。2000年には「きれぎれ」で芥川賞を受賞している。

読書の秋にはもってこいの長編作。是非一読を。

2008年10月3日金曜日

噛みしめたい言葉

教育テレビで僧侶がインタビューを受けており印象的だった言葉。

関わらないという関わり方。

自然に対して、相手に対しても言える言葉。

ゆっくり噛みしめて考えてみたい言葉である。

2008年9月29日月曜日

般若湯

僧侶の世界ではお酒のことを般若湯(はんにゃとう)と呼びます。
別にお酒を飲みすぎると般若のような顔になるという訳ではありません。

インドでは古くからお酒を飲むことは戒められていました。
しかしながら仏教が中国、日本と伝わるにつれて、お酒は人を狂わす水でもあるが、智恵の水にもなると都合のよいように決め付けたのです。

般若とは智恵のことです。つまり般若湯とは智恵が湧き出るお湯なのです。
昔の僧侶は上手に智恵を絞りましたね~。

段々と寒くなってきました。
とりあえず泡の般若からはじめて(笑)
そして般若湯を飲んであたたまりましょう。

2008年9月27日土曜日

子安弘法大師




西方寺は真言宗ではありませんが、不動明王や子安弘法大師(上の写真)も祀られています。上の写真は子安(こやす)弘法大師です。子どもを抱いていてとても優しいお顔です。お檀家さまからは子安さんの名で親しまれています。
安産、子授け、子どもの成長などのご利益があるとして各地で信仰されています。


子安(弘法)大師とは?
お寺の前で妊婦が難産で苦しんでいました。弘法大師は妊婦が楽になるよう仏様に祈られました。そうすると妊婦は楽になり立派な男の子を産んだと言われています。こうしてお大師さまは子安(弘法)大師と呼ばれるようになりました。

2008年9月23日火曜日

「融通」

これは、元々「融通無碍(ゆうずうむげ)」という言葉からきています。
意味は、この世に存在するもの全ては、それ自身のみで成り立っているのではなく、それぞれが、一切妨げるものなく融け合い通じ合って成り立っていると言う事を表しています。

浄土教の一派に「融通念仏宗」というのがあります。
その教えは、一人の念仏が万人の念仏と融通し合う事によって、一人の極楽往生を願う気持ちというものは、実は万人の為の極楽往生を願う気持ちへと融け合い通じ、また、その事によって一人は万人から極楽往生を実は願われてるいるんだという事を説いています。

現代では「お金を融通してもらう」というような使われ方が多いのではないでしょうか。
確かに、生きてく上でお金は大切かも知れません。が、もっと大切なものを実は融通し合って生きている、生かされてるという事をしっかり認識していかなければならないと思います。

(スタッフ H・K)

2008年9月21日日曜日

一字三礼・一刀三礼

礼は「れい」ではなく、「らい」と呼びます。
いちじさんらい、いっとうさんらい。

これは仏教の言葉で、写経をする際、一字書くごとに三度の礼を、仏像を彫るときも、一刀刻むごとに三度の礼をする姿勢のことです。

これを実際行うと大変な時間がかかりますが、大切なことは「させていただく」という感謝の気持ちを持つということです。
写経をするのではなく、写経させていだだく。何も写経や仏像を彫るときだけにかぎりません。例えば、仕事をさせていただく、修行をさせていただくということなのです。そして自分はさせていただくことによって生かされているんだということを日々忘れないようにしたいものです。

2008年9月18日木曜日

供養の意味



もうすぐお彼岸ですね。お墓参りをしてご先祖様を供養されると思います。お花をお供えしたり、お線香を焚いたりすると思いますが、ただ何気なくしている行為にもちゃんと意味があります。

●お線香
インドでは古くから体臭を消すために樹皮などからとった香料を焚いたり身体に塗ったりしていました。これらが仏教にも取り入れられたようです。我々は煩悩を沢山もった身です。お線香を焚くことにより心を清らかにしていくのです。

●お花
仏様の特徴は「慈悲」の心があるということです。
「慈悲」というのは簡単に説明しますと、苦しみを取り去って楽しみを与えてくれる(抜苦与楽)という意味になります。
花はまさに慈悲の象徴となります。なぜなら、嬉しいことがあったり、悲しいことがあったりする時には、お花はいっしょに喜んだり悲しんだりしてくれるように見えるからです。花というのは、「分かちあう喜びを二倍にして、分かち合う悲しみを半分にする」存在なのです。
なぜ美しい側を人間に向けるのでしょうか?それは仏様の「慈悲」が人間に向けられていることを表しているからです。だから仏様を敬うことも大切ですが、それ以上に仏様の慈悲も感じ取ってみてください。

●灯明
 仏様の特徴のもう一つは、「智恵」が備わっているということです。
「智恵」を簡単に説明するとものごとに明るく、何でも知っているということです。
灯明は仏様の智恵の象徴なのです。仏様の智恵の光が無智なる我々を照らしてくださっているのです。


花をお供えしてもいつしか枯れていきます。灯明もいつしか火は消えていきます。
つまり「無常」といことを表してもいるのです。

2008年9月17日水曜日

彼岸花




秋のお彼岸頃に咲くから彼岸花と言われているようです。
別名は、マンジュシャゲ(曼珠沙華)。

彼岸花は、花があるときには葉がなく、葉があるときには花がないことから「ハミズハナミズ(葉見ず、花見ず)」とも呼ばれたり、お隣の韓国では、サンチョ(相思華)と呼ばれています。花が葉を思い、葉が花を思うという意味のようです。想い思われる華なのです。

花言葉:「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」

2008年9月14日日曜日

生命のメッセージ展

「生命のメッセージ展 in 出雲」がビッグハート出雲で開催されていました。



「生命のメッセージ展」とは、犯罪、事故、いじめ、医療過誤、一気飲ませなどの結果、理不尽に生命を奪われた犠牲者主役のアート展です。
会場には犠牲者の等身大の人型パネルがあり、パネルには元気なころの写真と遺された家族のメッセージ、そして足元には靴が置かれていました。

「生命」(いのち)は大切と言葉でいうのは簡単ですが、実際に行ってみて「生命」というものを再度考えてみるよい機会となりました。
家族の言葉などのメッセージや靴から「生命の重さ」というものを肌で感じとることができたような気がします。また「生命」は自分のものではない、親から代々受け継いで頂いたもの、みんなの「生命」なのだということを強く感じました。

最近の世の中は「生命の重さ」があまり感じられていない世の中のような気がします。2001年に東京で開催されてから40回以上全国各地で開催されているようですが、もっともっと全国に広がっていき、少しでも多くの方々にメッセージ展の主旨でもある「生命の重さ」が伝わったり、忘れかけていた「生命の重さ」を想ったり、生命を慈しむことができたらよいなと思います。

2008年9月10日水曜日

人間の最大の武器

ゴールデンスランバー/伊坂幸太郎著 


●2008年本屋大賞受賞(全国書店員が選んだいちばん売りたい本)
●山本周五郎賞
●直木賞は候補にあがっていたが辞退
 (理由:直木賞の影響力の大きさを考え、穏やかに執筆したいとの思いからである)


主人公が首相暗殺事件の犯人に仕立て上げられ、とにかく逃げる・逃げる・逃げる。結末はハッピーエンドではない。
500ページにも及ぶ長編作であるが、いったん伊坂ワールドに浸ってしまえば、「そんなの関係ない、そんなの関係ない」。スピード感あり、巧妙な伏線あり、期待を裏切るストーリーなど帯にも書かれていたが「伊坂的娯楽小説突抜頂点」でした。

本の中では様々な人と出会えるが、今回特に面白かったのはロック好きな花屋の岩崎さん。嬉しい出来事があると「ロックだな」と喜んだり、嫌なことを押し付けられると「それはロックじゃねぇだろう」と怒ったりしていた。基準がよくわからないが(笑)
主人公に「青柳、お前はロックだよ」という台詞はかっこよかった場面である。

世間では「伊坂節」と言われているようですが、とても心に残るセリフも多い。
 「人間の最大の武器は習慣と信頼だ」
習慣と信頼という日常何気なく使われる言葉がこの作品の中で輝いてくる。

主人公の父親のマスコミに向けた言葉です。
「名乗らない、正義の味方のおまえたち、本当に雅春が犯人だと信じているのなら、賭けてみろ。金じゃねえぞ、何か自分の人生にとって大事なものを賭けろ。おまえたちは今、それだけのことをやっているんだ。俺たちの人生を、勢いだけで潰す気だ。いいか、これがお前達の仕事だということは認める。仕事というのはそういうものだ。ただな、自分の仕事が他人の人生を台無しにするかもしれねえんだったら、覚悟はいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計士も、料理人もな、みんな最善の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負っているからだ。覚悟を持てよ」

読み返してみると新たな発見もあり本当に楽しめた本でした。
絶対お薦めです。因みに島の図書館では貸し出し中でした。
購入しても損はしない本だと思います。

2008年9月6日土曜日

人間の弱さ 「渇愛」



忘己利他(もうこりた)
   「己を忘れて他を利するは慈悲の極み也」

キリスト教では「愛」とうい言葉を重視します。しかし仏教では「愛」はよいものとしてとらえていません。「渇愛」(かつあい)という言葉があるように、これは人間が苦悩する源ととらえています。よって「愛」という言葉より「慈悲」ということばを用います。

渇愛とは渇く愛のこと。のどがかわくと水が欲しくなります。おいしそうな食べ物があったら食べたくなります。そしてもっと、もっとというようになっていきます。人間というのはこのように際限なく欲しがっていく生き物です。だから渇愛というのは、もっと、もっとと求める愛のことなのです。こんなに愛しているのに、もっとこっちを見て欲しい、自分が愛しているのと同じくらい愛情を注いで欲しいと思ってしまいます。何も恋愛に限らすに、親子、仕事、友人などの人間関係などでも言えることです。

結局は自分を好きになってもらいたいから他の人を愛するということなのです。己を忘れて他を利するとは正反対の、これが「渇愛」の正体です。

我々は自分がしたことばかり覚えていて、相手からされたことを忘れてしまいがちです。思い出したとしても、今度はもっと、もっとと欲してしまいます。

お釈迦様やお弟子さんたちもこの渇愛に悩まされていたと言われ、そして渇愛からは逃れることはできないと言っていました。しかし求める気持ちをしずめたり、おだやかにするように努力することはできると考えました。

大切なことは、もっと、もっとと求めている自分自身に気づくことだと私は思っています。
気づけばそれに溺れすぎることはありません。少し余裕もでてきます。
そして相手にしてあげるという気持ちを捨て、常に「させていただく」という感謝の気持ちをもつということです。

日々修行。慈悲の心に近づくためにも、忘己利他を懲りずにつづけていきましょう。



参考文献
 集英インターナショナル 「痛快!寂聴仏教塾」 瀬戸内寂聴著

2008年9月4日木曜日

これからは「瞑想」も行います

プチ修行をこれまで行ってきましたが、参加者やこのプロジェクトを応援してくださっている方から瞑想をやってみたらという声が多かったので取り入れることにしました。

早速、先日訪れたお客様には瞑想を取り入れて行ってみました。
やはり瞑想には興味をもっていたお客様でした。

瞑想にはいろなやり方がありコツもあります。どのやり方でも言えることですが、一生懸命しようとしないことです。リラックスして遊び感覚のような気持ちで行うことが大切です。そして毎日継続して行うことです。また途中、色々な雑念が出てくることもありますが、無理をして取り除こうとしないでください、迷走してしまいますので(笑)そのままにしておくことです。むしろ雑念を歓迎するかのような気持ちがよいと思います。

お釈迦様が菩提樹の下で行っていたと言われる瞑想は「数息観」です。
方法ですが、ちょっと薄暗い部屋で椅子や座布団に座ってもよいですし、座禅のように足を組んでもかまいません。背筋はなるべく伸ばしてください。目は半眼にします。そして呼吸にだけ注意を向けて息を数えるだけです。数えるのは、吸う息でも吐く息でもどちらでもよいです。1から10まで数えたら、また1からに戻ります。これを繰り返しておこなっていきます。数を忘れた場合はまた1から始めていけばよいです。
繰り返しになりますが、リラックスして遊び感覚で行うことです。効果などすぐに求めないことです。

2008年9月3日水曜日

堪忍土(かんにんど)

仏教ではこの世を「娑婆」(しゃば)世界といいます。
「娑婆」という言葉は「忍耐」を意味するサンスクリット語サハーの音写です。意味の上では忍土、堪忍土と訳されました。つまり、この世界は苦しみの多いところで、じっと耐え忍ぶ場所であると仏教では考えます。親鸞上人はこの世を「生死の苦海」とも言っています。

この世の中はじっと堪え忍んで生きる世界でもあります。
堪忍のできないリーダーがここ数年日本をひっぱっていたような気がするのは私だけではないでしょう。

2008年9月2日火曜日

仏教用語 「油断」

「油断」とは気を許して注意を怠る事ですね。
大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)というお経には、このように書いてあります。

ある主人が、自分の臣下に、油がいっぱい入った鉢を持たせ、沢山の人がいる中を歩かせたそうです。その後ろに、刀を持った兵士を付かせ
「もし、一滴でもこぼしたのなら、己れの命を断つぞ」と脅しながら歩かせたそうです。
その油の鉢を持った臣下は、しっかり鉢を持って、なんとか無事言われる所まで歩き切ったそうです。この故事から「油断」と言う言葉が出来たそうです。

「油断大敵」「油断は怪我の基」とにかく、みなさん油断には気を付けましょう。

(副委員長 H・K)

2008年8月30日土曜日

「せっかち」は心筋梗塞になりにくい

いつも読んでいる会報で面白い記事を発見!!!
これまでの定説が覆った。

日本人の男性で、せっかち・怒りやすい性格傾向の人はのんびりとした人よりも心筋梗塞などになりにくいと厚生労働省の研究班が発表した。欧米では全く逆でせっかちな人ほどリスクが高いのに。

研究班の教授は「日本は協調性を大事にする社会のため、温和なように振る舞っている人の中に、感情を押し殺してストレスをため、発症の危険を高めている人がいるようだ。一方、せっかちで怒りっぽい傾向が強い日本人男性は、酒を飲むことなどによってストレスを発散させているのではないか」と話している。

因みに日本人の女性については、欧米と同じ結果である。

40~69歳の男女8万6000人を対象に平均で11年半も追跡した結果だけに間違えはないでしょう。

2008年8月27日水曜日

リンカーンはアメリカンコーヒーを三杯飲んだ

テレビで「鬱」という漢字の覚え方を放送していました。

以下の言葉を覚えると「鬱」という字も簡単にかけます。
 
  “リンカーンはアメリカンコーヒーを三杯飲んだ” 




「リン」は真ん中を空けて林を2つ書く

「カーン」は真ん中に缶を書く

  「は」は、上の字の下に ワ を書く

「アメリカン」は 米という字を斜めにして書く

「コーヒーを」は 米という字をコの字で囲み、その下に ヒ を書く

「三杯飲む」は  三本線を書く

書けましたか?


ちなみにこの「鬱」という字はマイナスの意味にとられがちですが、草や木が勢いよく繁っている状態も意味します。力みなぎってエネルギーが溢れていることも「鬱」というのです。

2008年8月24日日曜日

爆発的に売れている本!?



「当店で今、爆発的に売れてます!!」
当店とは青山にあるリブロ。この言葉に惹かれてしまい購入。

著者の内田樹(うちだたつる)は思想家で合気道の武道家でもある。
著者のブログ(人気のブログです)

どのようにこの世の中を生きていけばよいのか、その知恵を紹介しています。
賛同できない部分もあったりはしますが、著者の考えには納得させられることも多い。
凝り固まった頭をやわらかくしてくれるかも。
ちょっと疲れ気味の人にはお薦めです。

2008年8月22日金曜日

仏教用語 「うろうろする」

行き先が定まらない時や、どうして良いかわからない時に、落ち着きなく動きまわる様子の事ですね。
私も、仕事がちょっとでも忙しくなると何から手を付けて良いかわからず、いつも部屋の中をうろうろしております。お陰で、いつまで経っても仕事が片付きません。

さて、この「うろうろする」も仏教語です。漢字を当てると「有漏有漏する」です。
「漏」と言うのは、次から次へと漏れて来る煩悩の事を指します。
つまり、「有漏」とは煩悩が有る状態を言うわけです。
ちなみに、さとりを開くと漏れ出す煩悩と言うものが無くなるわけですから、さとった状態の事を「無漏(むろ)」と表現する事もあります。

プロジェクト副委員長 H.K 

2008年8月21日木曜日

サルスベリ/百日紅



東京のとあるお寺の境内に百日紅が咲いていました。沢山の花をつけ主張しあっていました。
花言葉を調べてみると「雄弁」。ぴったりあっているような気がします。

百日紅はどんどん花を咲かせていき、花期が長く百日も花を楽しむことができるということで、この名が付いたそうです。花の色は白もあります。


花の少ない夏を強烈に彩ってくれていました。

2008年8月19日火曜日

プチ修行おつかれさまでした。

今日は、早朝5時よりお勤め。そして写経と説法を行いました。
7時前に高速線欠航との放送があり、修行のお客様は朝のフェリーで帰ることになりました。
修行後は朝食をとり、せっかく隠岐に来ているので観光もということで島内を案内しました。

先程フェリーで帰られました。
今回は時間も短くちょっとハードスケジュールでしたが、我々僧侶にとってもよい修行となりました。

2008年8月18日月曜日

関西より来島

関西に住む女性の方よりお申し込みがあり、今日プチ修行を行いました。
朝の高速バスに乗り、午後のフェリーで来島。到着後は夕食。そして19:00から22:00までみっちりと修行を行いました。礼拝行に念仏行そして法話を行いました。

明日の午後の高速船で帰られるようですが、明日は風も強くなり波は3メートルの予報。高速船は欠航しそうな感じです。そうすると朝のフェリーに乗らなければなりません。
欠航しないとよいのですが・・・

2008年8月15日金曜日

20年振りの再会

20年振りに幼馴染みの二人と再会。高校を卒業して以来であった。
仕事をするようになってからできた友達とは違うものを感じた。
それは何かと考えてみた。
喧嘩をしたりいっしょに馬鹿ばっかりしていた友達。大人になってからの友達と違うところは損得など抜きにして打算のない付き合いであったからだと感じた。

幼馴染みと会って話をしても、なにか通じるものがある。それが楽しかった。

ただ無心で遊んでいた時を懐かしく感じ、そして同時に何も考えずに付き合える友達の大切さ痛感した。

2008年8月12日火曜日

森山直太郎/生きてることが辛いなら

歌詞について色々と議論を呼んでいるようですが、とてもよい曲でした。
死というものと向き合うことは、「今を生きる」ことにとって大切なことだと思います。

久しぶりに出合ったよい曲でした。
最後まで歌詞をじっくり聴いてみてください。

生きてることが辛いなら/森山直太郎

2008年8月11日月曜日

悪いことはするな、よいことをいっぱいしなさい。

小さなコップに水を入れ一握りの塩を入れて飲みます。塩水となり飲めないです。
例えば東京ドームぐらいの大きな水槽に水を入れ同じように塩を入れて飲みます。こちらは薄まってしまい水は飲めます。

生前に悪いことを行うと地獄に行くといわれています。
しかし同じように悪いことをしても地獄に行かない人もいます。

なぜでしょう?

良いことを沢山行っている人は、器が大きくなり、もし悪いことをしてしまったとしても上のように薄まってしまうのです。
小さなコップのような人は、いいことをあまりしていないので、塩辛くなり地獄に落ちてしまいます。

悪いことをしないようにと思っても、過ちをしでかすことはあります。だからよいことを沢山行うように心がけましょう。

以下、仏教の極意です。

  諸悪莫作 しょあくまくさ   
  衆善奉行 しゅぜんぶぎょう

 意味:「悪いことはするな、よいことをいっぱいしなさい」





参考文献 ひろさちや著『和尚になった泥棒』 手の平いっぱいの塩 (探求社)

2008年8月10日日曜日

as if の法則

サラリーマン時代に上司から言われた忘れない言葉があります。
「平社員なら自分が係長、課長だと思って仕事をしなさい。」
「課長なら自分が部長だと思って仕事をしなさい。」

結果がどうであれ、そのように思っていくと自分自身の行動などにも気をつけるようになっていきます。

as if(まるで~のように) の法則というものがあります。
そのように振舞えばそのようになる。
始めはそのように振舞ってもうまくいかないこともありますが、あきらめずに続けること。そうすればそのようになっていくということです。

誰がみても課長の器ではないのに、課長になりしばらくすると課長らしくなっていきます。
「自分は○○なんだ」と強く思い、それになりきっていく。そうすれば自分の発言、立ち振る舞いなどもそのようになっていくものです。もちろん礼節を忘れてはいけませんが。

とても有り難い上司の言葉でした。
今は高僧のように振舞っております(笑)

2008年8月6日水曜日

施餓鬼会


8月7日(木)は西方寺で施餓鬼会法要が行われます。

施餓鬼会とは?

お釈迦様の弟子の一人の阿難尊者が瞑想しているときに餓鬼が現れて次のように言いました。
「お前の命はあと3日、死んだ後は、我々のいる餓鬼道にいくことになる」
驚いた阿難尊者はどうしたら救われるのか餓鬼に尋ねました。
すると餓鬼は「無数の餓鬼や修行している人に飲食を施せ。そうすれば餓鬼は飢えから救われて、その功徳(くどく)によってお前も救われる。さらにお前は功徳によって幸福と長命を得ることができる」と言い消えていきました。

阿難尊者はお釈迦様にどうやって餓鬼へ飲食を施すのか教わりました。そして言われた通りに行い阿難尊者は救われ寿命を延ばすことができたのでした。
これが施餓鬼会のはじまりとされています。そして餓鬼だけでなくご先祖様や無縁の諸々の精霊を供養したり、自分の福徳延寿(ふくとくえんじゅ)を願うようになりました。




<補足>
仏教では人は死んだら六道輪廻の世界に生まれ変わると考えます。
どこの世界に生まれ変わるかは生前の行いで決まるとされています。

六道輪廻の世界
 (苦しみの多い順です)
1.地獄道
2.餓鬼道(飢えや渇きに苦しめられている世界)
   昔、子どもたちはよく腹を空かせていたのでガキと呼ばれるようになりました。
3.畜生道
4.修羅道
5.人道
6.天道

この六道輪廻の世界はいずれも悩み、苦しみの絶えない世界です。
仏教はそれらの世界から脱出(解脱)することが目的なのです。

2008年8月4日月曜日

夏にお寺でプチ修行 参加者募集中



島内だけでなく島外の方からもプチ修行のお申し込みやお問い合わせがあります。
本格的に修行して自分を見つめなおしたい人、あるいは観光もしながらちょっとお寺で修行体験してみたい人など色々です。一人からでも行っておりますので気軽にお問い合わせ下さい。
この夏に日常からちょっと離れ、自分の心と向き合ってみてはいかがでしょうか。

4年に一度来島

先週土曜日から大学の後輩が家族で遊びにきました。海士町は4年ぶり。いつもオリンピックがあるときに海士に来ています。
今日はカヤックや釣りなどをして楽しみました。カヤックはとても楽しかったと言っていました。夜は隠岐牛店へ。おいしい隠岐牛とても満足していました。






「神妙に」と言ったらいつも合掌する小学校1年生のリョウスケ君でした。

2008年8月1日金曜日

子どもたちのプチ修行


昨日は子どもたち総勢15名のプチ修行。
本堂にお念仏の声が響き渡りました。
阿弥陀様も子どもたちの大きな声に驚いていたことでしょう。

修行後は、もう一人の僧侶と次のプチ修行の打ち合わせ。
お経を唱えたり、写仏を行ったり、法話を入れたりしていますが、次回はこれまでとはちょっと違う修行をしていくことに決定。
次がまた楽しみです。


2008年7月28日月曜日

苦楽しい、厳優しい

小説を書くのは苦楽(くるたの)しいと遠藤周作さんは言っていました。
楽しいことには苦しさが伴うものなのだと思います。
同じように優しさにも厳しさが伴っていると思います。
厳優(きびやさ)しいということです。(勝手につくった言葉です)

最近マスコミを賑わせている事件等を見ると、楽しいだけ、優しいだけ、片方に偏っているような気がしてなりません。

2008年7月25日金曜日

落款

書道の先生より消しゴムで作った落款を頂きました。
早速使ってみました。
遊び心が通じる書面などで使いたいと思います。

2008年7月19日土曜日

坊主いらず

兵庫県加古川市の法徳寺にはロボット和尚がいます。
住職不在の時でもこのロボット和尚がお経のテープに合わせて木魚を叩きます。
檀家さんからも評判がよく大活躍しているようです。

  


   

2008年7月18日金曜日

木魚(もくぎょ)

木の魚と書いて木魚(もくぎょ)。お寺でみたことがあると思いますが、これは魚なんです。
もともとは、丸い形ではなくて細長い魚の形をした大きな板だったのですが、使いやすくするために丸くなりました。
なぜポクポクとたたくのか?
魚はまぶたがなく、眠るときも目を開けたままなので、昔の人は魚というのは眠らないと思っていました。眠らないでいつも頑張っているんだと思われていたんです。
そこで、お坊さんは修行などで疲れて眠たくなった時に、魚を木に刻んでそれを叩き修行に励んでいたようです。
他にも下の写真のように竜が向かい合って1つの玉を加えている木魚もあります。



         ↑竜の頭   ↑玉    ↑竜の頭

2008年7月17日木曜日

夏のプチ修行参加者募集中

先日海士町を訪れているフランス人8名(高校生~大学生)を対象にプチ修行を行いました。
フランスを漢字で表すと「仏」。お寺修行は欠かせませんね(笑)。

プチ修行では写仏などを実施。下の写真は参加者の男性が写仏したものです。
自分のお願い事を書くように伝えましたが、「海士町を守ってください」と書いてあり驚きました。


来週は中学生を7月末と8月には学童の子どもたちにプチ修行を行います。
プチ修行を行いたい方はお早めにお申し込みください。

2008年7月14日月曜日

雲従竜 風従虎

雲従竜 風従虎  (雲は竜に従い、風は虎に従う)

竜が唸ると雲が生じて、虎がほえると風が生じる

意味
 似たもの同士がお互いを感じあうこと

ほんとうに心が通じ合うとは、すぐ側にいるということではなく、どんなに離れていようと、心はいつでも離れずに側にあるものです。
目に見える相手との距離ではなく、目に見えない心の距離を大切にしたいものです。

どんなに離れていても、なぜが近くに感じるような人はいませんか?

2008年7月9日水曜日

ゲシュタルトの祈り

私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。

私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。

そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。

私は私。あなたはあなた。

でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。


フレデリック・パールズ

2008年7月5日土曜日

レゾン・デートル

仏教に詳しい方ととても有意義な時間を過ごすことができました。
車の中での数十分の会話でしたが、お互い思っていること、考えていることがとても似ており、奥深い話ができて嬉しくなりました。
島の自然と仏教などについて、そしてこれから島が生き残っていくためにはどうすればよいのか、どこに“存在意義”を見出すのかで話が盛り上がりました。そしてほとんどの話しが結局は仏教につながっていきました。(笑)
しばらく海士にいらっしゃるということなので、また話をしましょうと約束して分かれました。

2008年7月3日木曜日

すればするほど人がよってくるものは?

すればするほど人がよってくるものはなんでしょう?

すればするほど人が離れていくものはなんでしょう?

よってくるものは失敗談で離れていくものは自慢話だそうです。

2008年7月2日水曜日

人が死んだらなぜ悲しいの?


修行時代に聞いた話です。

身近な人が亡くなるとどうして我々は悲しくなるのでしょうか?

人が悲しくなる理由は色々とあるでしょうが、その人の為にこれまでしていた自分の役割というものがなくなるからなのです。生きていれば当たり前のように、その人の為にしてあげたことがあります。例えば、ご飯を作ったり、話をしたり、お風呂を洗ったり、洗濯をしたりなどなど。亡くなってしまうとそれらが消えてしまうのです。だから我々は悲しくなるのです。

しかし、その役割は続けることもできます。仏壇にご飯や好きな食べ物をお供えしたり、心の中で話しかけてみたりできるのです。

もう一度自分の役割というものを考えてみてはいかがでしょうか。今かかわりのある人に対して、そして身近に亡くなった人に対しても。

2008年7月1日火曜日

ムカデ注意報

うつらうつらしていたら、足に妙な感触が・・・。大きなムカデであった。慌てて飛び起きムカデを退治。ふくらはぎの上を噛まれてしまった。蚊にさされたように腫れあがってきた。じりじりと痛む。梅雨の時期に時々あらわれるムカデ。子どもの頃目の上を噛まれて大きく腫れたことがあった。調べてみるとムカデには一対の鋭い顎があり、その先端部分から毒がでるようです。 この時期ムカデには注意です。

2008年6月28日土曜日

とらわれていませんか?



昔々のお話。僧侶たちが川を渡ろうとしていた。若い女性が川岸に立っていた。彼女は川を渡りたいが深すぎて渡れずに困っていた。僧侶は女性を抱いてはいけないという戒律があったので困っている女性を見てみぬふりをして川を渡って行った。しかし一人の僧侶だけが女性を抱きかかえ川を渡った。
それを見た他の僧侶たちは「女性を抱くとはけしからん」と怒ってその僧侶をいつまでも非難する。しばらくすると、女性を抱いて川を渡った僧侶は一言。
「あなたがたはいつまで女性を抱いているのですか、私は既に女性をおろしました。」と。

いつまでも女性にこだわっているのは他の僧侶たち。女性は既にいないのです。

こだわったり、とらわれたりするのが我々人間です。しかしそのせいで窮屈になることもあります。とらわれやこだわりから離れることが仏教の教えです。

2008年6月26日木曜日

楽しく船酔い、元気に吐こう

今週土曜日は子どもたちといっしょに大敷網体験を行います。朝6:00に出港し、作業船に乗り込み見学をします。そしてとれたての魚をさばいて刺身にします。地元の人の協力でおにぎりと味噌汁をつくってもらい、刺身といっしょに朝ごはんです。

先日この打ち合わせのなかで、酔いを心配している人がいました。私も小さい頃は船に乗ると必ずといってよいほど酔っていました。海が時化てなくても船のペンキの匂いで気持ち悪くもなり、船に乗るのは苦痛でした。その時の気持ちは「船に酔って吐いては絶対にだめ、恥ずかしい」というものでした。
しかしよく考えてみると、酔って吐いてはいけないのでしょうか・・・?
他の人よりもとても繊細だから、気持ち悪くなり吐いてしまう。自然のことですね。

だったらおおいに吐けばよいと思います。
もし誰もが吐くようになれば、吐かない人が今度は「船に乗ったら絶対に吐かないといけない」と思うようになり、苦痛となるのではないでしょうか。

いかに楽しく吐けばよいのか考えてみても面白いですね。
船にのって何分で吐くのか、1位の人にはプレゼントをする。
いかに上手に吐くのか、吐き方の上手な人にはプレゼントをする。
海に向かって吐いたら魚の餌にもなりますしね(笑)
船にのったらみんなに「早く吐け~吐け~」とせき立てる。

馬鹿なことばっかり言っていますが、吐いてもよい、悪いことではない、恥ずかしいことでもないというような雰囲気が大切だということです。

土曜日に吐いた子ども、大人がいたら、「上手に吐いたね~お見事」と言いたいと思います。(笑)

2008年6月23日月曜日

最近のうつ病

先日のクローズアップ現代でうつ病について放送されていました。
最近はこれまでとは違う「うつ病」が増えてきているということでした。

それは「非定型のうつ病」と呼ばれるタイプで、抗うつ剤(薬)が効かないのです。
従来のうつ病によくある特徴とは正反対の部分もあり、例えば日中は気分がよいが、夕方ごろより気分が落ち込んできたり、自分を責めずに、イライラして周りにあたったり、寝ても寝たりないような傾向があったりなどするようです。

もう一つが「双極性Ⅱ型のうつ病」と呼ばれるもの。うつと躁の状態が交互にやってくる病気のこと。そして躁の状態は比較的軽いのが特徴。気分が落ち込んでいるときに病院にいって話をするので、医者は「うつ病」と判断してしまう。躁の状態が軽い為、本人もよくわからず、いつも一緒にいる周りの人などの話を聞かないとわからない場合もあるようです。

1年間の自殺者数が10年連続で3万人を超えました。自殺の原因の1位は「うつ病」です。

メタボ、メタボと生活習慣病の予防に力を入れるのもいいですが、もっと「うつ」の予防にも力を入れなければと感じました。

2008年6月22日日曜日

断然早い Firefox 3

パソコンを使い始めてから疑いもなくWEBページを見るときはインターネットエクスプローラーを使用していました。Firefoxとういブラウザは反応が早いという情報を得て、早速ダウンロードしてみました。そしてびっくり。反応速度が早い早い。特にG-Maileを開くとき、読み込み時間がかなり長かったが、もう比べものにならなくらい早いのです。詳しく調べてみると、動作は史上最速のようです。

2008年6月20日金曜日

プラス思考もマイナス思考も悩みの原因

人間関係などで心が揺れると、人は頭のなかでいろいろな計らいごとが浮かんできます。「自分の悪口をいっているに違いない」「きっと怒っているに違いない」「どうせ私なんで嫌われているのだろう」などなど。そしてそれらが頭にこびりつきマイナス思考から身動きがとれなくなります。

仏教ではそのような計らいごと、想像をするなと考えます。そして同時にプラス思考もするなと言っています。
マイナス思考は過去のこと、プラス思考は将来のこと、先のことを推測、想像しているのに過ぎないからです。プラス思考、マイナス思考とも悩みを生む原因となるのです。

だから大切にすることは、今現在をありのままに受け入れて、この瞬間に生きていくことなのです。世は無常なのですから。

2008年6月18日水曜日

コミュニケーションを左右する要素は・・・?

コミュニケーションを左右する要素として言葉は7%、ジェスチャー55%、声の調子38%と昔習ったことがある。様々なコミュニケーションに関する本や研修などでよくこのことは言われています。
言葉の意味などはあまり重要ではなく、それ以外の方が大切だということです。そういえば、「人は見た目が9割」という本もでてましたね。

本当に言葉の意味はそれほど重要ではないのでしょうか?たった7%???

調べてみるとこれは間違いでした。簡単に言うと、「楽しいです」と言った人の表情が不快そうな場合、それを見た人はどのように感じるのかを調べた実験で、結果として言葉の要素は7%という結果であった。感情と態度が一致していない場合、それを見た人はどのように感じるのか、感情と態度のコミュニケーションの実験だったのです。その結果だけがどこかで一人歩きしてしまい、コミュニケーションは言葉よりも非言語的な要素がとても重要であると勘違いされ広まっているのです。

よく考えてみると言葉の要素が7%とはおかしい。極端ですが、外国の言葉を話されても全く意味はわからないですからね。

2008年6月15日日曜日

オーストラリアのワイン

[yellow tail] CHARDONNAY
イエローテイル・シャルドネ



オーストラリアの白ワインを頂きました。
果実実たっぷりでヴァニラやココナッツの香りがして、なめらかな飲み口をもった白ワインのようです。
写真ではわかりませんが、黄色い箇所にうっすらと真ん中のカンガルーの絵が浮かんでいるんですよ。
ちびちび楽しみたいと思います。

様々な価値感

外国人2名の先生と今日は会食、そしてお寺に宿泊。様々な話で盛り上がった。彼らは日本で2~3年働いき、そして9月からはアジアへ二人で旅をすると言う。20代後半の彼らは特に焦る様子もなく自分たちのしたいことをゆっくり考えている。仕事を終えても特にすぐ探さなくてはという気持ちもない。ゆっくり旅をしながら決めるようである。このような行動は日本人にはなかなかできないと思った。

ふと、秋葉原の通り魔の事件を思い出した。犯人には、皆と同じように行動をしなければ疎外されるという価値感が強く根底にあったような気がしてならない。

良い悪いではなく、様々な価値感に触れることの大切さを感じた一日だった。

2008年6月11日水曜日

考える力と感じる力

最近は頭を使って色々と考える日が多い。ちょっと疲れ気味。
考えることは大切であるが、感じてみることを忘れているような気がする。
生きていくためには頭を使って考えることは必要になってくるが、感じることも忘れてはいけない。
体全身を使って感じること。五感をフル回転させて感じること。
頭ばかりではなく、感覚にも刺激を与える。考える力を鍛えるように、感じる力も鍛えなくては。
考えすぎて頭でっかちにならぬよう、日頃から感じることも大切にしていきたいなと思っている今日この頃である。

2008年6月6日金曜日

居酒屋タクシーから幸せを運ぶタクシーまで

今日ニュースで居酒屋タクシーが話題になっていました。お役人のタクシーチケット無駄遣いが問題になっている中、今度は運転手からビールやおつまみ、商品券、現金などを財務省などのお役人がもらっていたというから驚き!そんな行為をするタクシーを業界では「居酒屋タクシー」と呼んでいて、タクシー乗り場に並ばずに、外れたところにライトを消して深夜お役人からの連絡を待っているようです。

秋田では乗車したお客さんに自分で探した四葉のクローバーを押し花にして渡す運転手がいるようです。
なにも見返りを期待しない、ただお客さんに幸せを運ぶ運転手。仏様ですね!

2008年6月4日水曜日

運動会は子どもの撮影、応援???

運動会は春に移行しているところが増えてきているようですね。先日もテレビで運動会の様子が映っていました。学校の二学期制移行や、秋には行事が多いからという理由のようです。(因みに北海道では春に行う学校がほとんどのようです)

さて、運動会ではビデオカメラ片手に熱心に子どもを撮っている保護者の姿をよく見かけます。かわいい我が子を撮ろうと必死になっている保護者の方も・・・。

撮影に夢中になるのはよいですが、ゴールに入ったときにまず見るのは親です。その時にビデオカメラから子どもを覗いていたらどうでしょうか?ちょっとかわいそうな気がします。子どもとのアイコンタクトや一声かけることもお忘れなく。運動会だけに限りませんが。

2008年6月3日火曜日

仏教用語 「人間」

言うまでもなく、これをご覧なってる皆さんの事であり、又これを書いてる私のことでもあります。これも仏教語です。ここで皆さんに質問です。
人(ひと)と人間(にんげん)の違いってわかりますか?
辞書で「人間」を調べますと「人」と書いてありますし、「人」を調べますと「人間」と書いてあります。
現在では全く同じ意味として使われてるんですね。
しかし、仏教語としての「人間」には「人」と違い「間」の字が付いてます。その意味する所と言うのは、人々の間、つまり人々が住んでる所の意味があると言う事です。「人」と言うのは、人々が住んでる世界(人間)があって初めて「人」として生きていけるわけです。つまり、「人」と「人間」は切り離せないものと言う事で、同じ意味になってしまったわけですね。
これからも、一蓮托生の我々が住んでるこの世界を大切にするのはもちろん、これをご覧なってる皆さんとの間、ご縁(人間)も大切にして行けたらと思っています。

                                   (プロジェクト副委員長)

2008年6月1日日曜日

どっこいしょ

六根清浄(ろっこんしょうじょう)という仏教の言葉があります。
六根とは、目、耳、鼻、口、体と心(意)のことです。心(意)とは目、耳、鼻、口、体から生じる心の働きのことです。これらの六根からでてくる欲望を断ち切って清らかになるという意味です。

昔の人は山に登るときなど、自然の中で身や心を清めるためにこの言葉を唱えながら登っていました。そしてこの言葉が「六根浄」となり、「どっこいしょ」となったと言われています。

昨日は子どもたちと田植えを行いました。裸足になり田んぼに入り、田植えをしばらくすると、後半は泥遊びに。とても楽しそうな表情でした。学童の先生から泥んこ遊びは情緒の教育によいと聞いたことがあります。自然に触れ合いながら遊ぶことは、六根清浄なのかもしれませんね。

2008年5月30日金曜日

「バッテリー」(あさのあつこ著)



数年前に読んだ作品です。知らなかったのですが、NHKでドラマ化していますね。
この作品は単なる友情物語ではありません。著者のあさのあつこさんは、ここ数年子どもがからむ様々な殺人事件があるが、教育の専門家や心の専門家の人たちのコメントには疑問を感じるという。子どもを変えていくのではなく、親や先生、周りの人が変わっていくことも大切ではないのかと話していたのがとても印象的であった。確かに親や先生、専門家の枠組みに子どもを当てはめようとすることが多々あるように思う。
子どもと関わっていくことで大人も変化・成長していくというところが面白い。児童文学だけにどどまらない、大人も読めるよい本でした。全6巻あり読みごたえあり。

仏教用語 「瓦」(かわら)

日本家屋の屋根を美しく彩る瓦。これも仏教語と言うから驚きです。粘土を一定の形に固めて焼いたもので、いらかの波も演出し、日常生活に溢れ、至って馴染みあるものとなってます。
この「瓦」インドの言葉のカパーラ(迦波羅)に由来するものと言われ、もともとの意味は、皿、鉢、骸骨、等だそうです。「瓦」として日本に伝わって来たのは、凡そ千五百年前、六世紀末頃と言われてます。中国で生まれたその「瓦」は、お隣朝鮮半島の昔の国、百済に伝わりそれから日本に渡って来ています。これは、仏教伝来の時期、経路共に全く一緒なんですね。
ですから皆さん、これからいらかの波を見ましたら、大昔大海原の波を仏教と共に越えてやって来た事を想像して見て下さい。きっと、瓦がロマンチックなものにみえると思いますよ。
                                    (プロジェクト副委員長)

2008年5月29日木曜日

仏教用語 「しょっちゅう」

「あの人は、しょっちゅう仕事を怠ける」「しょっちゅう遅刻する」のように、皆さんしょっちゅう使ってる言葉だと思います。これも仏教語です。もともとの発音は「しょちゅうじゅう」。漢字で書きますと「初中終」です。この言葉を使ってる間に、後ろの「終(じゅう)」が無くなり、更に「しょちゅう」を強めた言い方「しょっちゅう」になったと言われてます。もともとの意味は、お釈迦様の説法が「初めも善く、中ほども善く、終わりも善く」と、いつも正しく解り易い説法だった事に由来してます。
お釈迦様の説法までは到底無理ですが、このブログでも「しょっちゅう」善い事を書いていけるよう頑張って行きたいと思います。
                                    (プロジェクト副委員長)

2008年5月27日火曜日

三浦雄一郎さんエベレスト登頂

冒険家の三浦雄一郎さんがエベレストに登頂したそうだ。驚くことは年齢が75歳。そして2回目の登頂。1回目は70歳の時。また不整脈という持病があって手術を一昨年と昨年に2回も行っているということ。
登頂前日には76歳のネパール人男性が登頂して、世界記録にはならなかったようである。
70歳パワー恐るべしです!

年をとると身体をいたわらなければと思いますが、ある程度の刺激や負荷はいくつになっても必要なのかもしれません。
三浦さんの目には頂上からの景色がどのように見えたのでしょうね。

2008年5月25日日曜日

カリー作り研究中

最近ひそかに計画していることがあります。
それはカレーづくり。いつも食べるカレーライスではなく、インドの人が食べるカレーです。東京にいる頃、インド料理のお店で食べたカレーが忘れられず、今でもとても食べたくなります。しかし、島ではインド料理のお店はなく・・・ 
だったら作ればよい!!!
今は何が必要なのかいろいろと研究中です。

インドの人は毎日カレーを食べるようです。飽きるのではと思いながらも調べてみると納得。

カレーという言葉は和製英語で、もともとは「カリー」。
カリーとは、様々な食材をスパイスを使用して煮込だ物の総称だそうです。
昔からインドの人たちは料理する際にとても多くのスパイスを使用。そのスパイスの組み合わせは食材でも違ってくるし、各家庭でも違うようです。

だから我々が毎日食べる「おかず」がカレーなのです。

2008年5月24日土曜日

仏像と水かき

水泳選手の手を見ると、誰でもではありませんが、指と指の間に水かきがあるそうです。ソウルオリンピック金メダリストの鈴木大地選手や、オーストラリアのイアンソープ選手にも水かきがあったことで知られています。水泳選手のように厳しいトレーニングを積むと自然とできてくるようです。

仏像にも水かきがあるのを知っていますか?
それを曼網相(まんもうそう)と言います。仏像は水泳をしませんが、その手で我々をくまなく救いとってくださる姿なのです。

仏像の耳を見てみると、とても大きいことがわかります。
それは、人の話に耳を澄まし、そしてどんなことにも耳を傾けて聴いてくれ、また我々の願いを聴いてくれる存在だからです。

口は小さいですが、舌は広くてとても長く、「三千大千世界を覆う」と言われています。その舌でどんなことでも飲み込んでくれるのです。

仏像をみる機会がありましたら、ちょっと注意してご覧になってみてはいかがでしょうか。

2008年5月23日金曜日

訪問者数100件以上

1日の訪問者数は15件前後でしたが、なんと今日の訪問者数は100件以上。いや100件異常。
早速解析すると、「ゆるキャラ吉田君」などの言葉で検索して訪問されている人がほとんどでした。
島根のスーパー親善大使「ゆるキャラ吉田君」効果は絶大です。

ゆるキャラ「吉田君」 島根県のスーパー親善大使に

「ゆるキャラ」という言葉知っていますか?
「ゆるいキャラクター」を省略した言葉で地方公共団体などが、名産品の紹介やイベント、町・村おこしなどの為に作り出したキャラクターのことです。

島根在住FROGMAN(蛙男商会代表)という人の「秘密結社 鷹の爪」という短編アニメがあります。テレビ朝日系列の深夜放送で人気を博したようです。そのアニメの登場人物「吉田君」(島根県吉田村出身)が島根県のスーパー親善大使に任命されたようです。
島根県のゆるキャラ「吉田君」の誕生です。宮崎ブームの次は島根ブームがおきてほしいですね。


youtube(動画でご覧になれます)
 http://jp.youtube.com/watch?v=Sm0kbjhuuYQ

蛙男商会
  http://www.kaeruotoko.com/

2008年5月21日水曜日

お不動さん




離島で週末プチ修行のホームページやちらしなどで使用しているこの写真は、「不動明王」と呼ばれる仏像です。お不動さまとして知られ多くの人々に拝まれています。
慈悲深い顔をした仏像が多いのですが、この不動明王はとても恐ろしい形相をしており、目くじらをたててにらんでいるように見えます。なぜでしょうか?

人々を救うためには懐深い優しさも必要です。しかし時には厳しく叱りつけたりすることも大切であります。そのような父性的な役割がある仏像だからです。

今の過保護・過干渉な世の中には、とっても必要な仏様と感じるのは私だけでしょうか。

2008年5月20日火曜日

隠岐で大相撲

10月に隠岐の島町で大相撲巡業が行われることになりました。今日はその調印式。30年前、私が小学生の頃も巡業が行われていたようですが、全く記憶にありません。

現役力士、竹谷(三段目)と福岡(幕下)は隠岐の島町出身です。

モンスターハズバンド

今度はモンスターハズバンド出現!!!
最近クレームに対応するための本やテレビ番組をよく見かけますが、現場で対応する人はほんと大変ですね。

次はどのようなモンスターが登場するのでしょうか???

モンスタースチューデント、モンスターチャイルド、モンスターサラリーマン、モンスターOL・・・(笑)


<産婦人科>「モンスターハズバンド」が急増 妻に付き添い暴力・暴言
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080520-00000012-maiall-soci

敵の敵は味方

最近読んだ本で伊坂幸太郎著「チルドレン」があります。そこに出てくる登場人物の発想がとてもユニーク?クレイジー?で頭がやわらかくなりました。


3人組の少年たちが1人の少年を取り囲み、今にも殴りかかろうとしていた。その時ちょうど通りかかった大人がいた。彼は少年たちに近づいていき「喧嘩は止めなさい」と注意した。当然3人組の少年はその大人に「うるさい、お前には関係ない」と言って怒り出した。
大人も少年たちには負けずに「うるさい、俺の言うことをきけ」と怒鳴った。そして急に振り返り、取り囲まれていた少年を殴り、その少年は倒れてしまった。

3人組の少年たちは皆、頭の中は「?」であった。もちろん殴られた少年も自分を助けに来たと思っていたのに思い切り殴られ「?」であった。大人はその場から離れていった。そして振り返り3人の少年に向かって「私の勝ちだ、早く帰れ、ガキ」と言った。
少年たちは頭の中が混乱していた。そしてなぜか殴られた少年を抱えあげて、4人でその大人から逃げるように去っていった。

このような発想はおもしろい。敵の敵は味方なのですね。



とにかく楽しめます。是非どうぞ。

2008年5月18日日曜日

なぞかけ

お坊さんとかけまして、朝刊とときます。
その心は今朝来て今日読む。
(袈裟着て経読む)

おあとがよろしいようで。

(笑点より)

2008年5月17日土曜日

曲がった松の木



曲がりくねっている松の木がありました。これをまっすぐにする方法を一休さんは教えてくれました。
それは、とても簡単なことでした。曲がりくねっている松の木を、曲がりくねっているまんまに見れば、松の木はまっすぐになるということでした。

まっすぐにと言われると、どうしても我々は強引にでもまっすぐにしようとしてしまいます。
しかし曲がったそのままを曲がったまま見れれば、それはまっすぐに見るということなのです。

仏教には物事を正しく見る「正見」(しょうけん)という言葉があります。正しく見ているつもりが、自分の思い込みなどによってできていないことが多いのです。

ありのままに見ていくということを大切にしていきましょう。

2008年5月15日木曜日

3つのT

悲しいとき、辛いとき、悩みを抱えている時などは「3つのT」がよいと言われています。

1.Tear 涙をながすこと
2.Talk 話すこと
3.Time 日にち薬

泣くという字はさんずいに立つとかきます。涙を流せばそのうち立つことができるのです。
悲しい・辛い・不安な気持ちなど人に話すことで少しは楽になるものです。
時間が苦しみを忘れさせてくれるのです。時間でしか解決できないこともあるのです。

2008年5月14日水曜日

隠岐騒動



今日は仕事で隠岐の島町へ。仕事が終わってから帰りの船まで少し時間があったのでちょっと散歩。興味深いものを発見。

隠岐には島の人たちの手によって、幕末の頃、独立政府が設立されました。もちろん、幕府や明治政府にも属しておりません。これは「隠岐騒動」と呼ばれています。
松江藩の武力による攻撃により81日間で崩壊しました。

2008年5月12日月曜日

お釈迦様の誕生日



今日は旧暦で4月8日、お釈迦様がお生まれになった日です。花祭りと言われている日がこの日です。最近は新暦で行われていますが、西方寺は旧暦で行っています。
毎年この日になると右手を上に左手を下にした「誕生仏」という仏像に柄杓を用いて頭から甘茶をかけます。

お釈迦様はお生まれになった途端、天と地を指差して、「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)と言ったそうです。その様子を表しているのが誕生仏です。
小さいころ、甘茶をもらって飲んだ方もいらっしゃるのではないでしょうか。

お釈迦様がお生まれになると、天にいる九匹の竜が現れ喜んで甘露の雨を降り注いだと言われておりその様子を模して甘茶をかけるようになったようです。

天上天下唯我独尊
 我々はひとつしかない命を頂いている尊い存在であるということ。

2008年5月9日金曜日

新橋SL



待ち合わせで新橋駅SL前を使いました。上の写真はSL前にあった看板です。
汽笛がなるとは知りませんでした。あともう少し待ち合わせ時間が早ければ聞けたのに。

2008年5月8日木曜日

地震

隠岐はめったに地震がくることはありませんが、東京にいるとよく地震はきます。昨夜も2回地震がありました。久しぶりに感じる地震、東京にいる頃は気にもしませんでしたが、さすがに驚き、2回目の地震は布団から出て逃げる準備をしてしまいました。

2008年5月6日火曜日

心落ち着くお寺



東京のど真ん中にあるお寺です。お寺の境内に一歩足を踏み入れると、時間の流れがかわっていきます。東京の中にあってもここだけは別の空間にいるように感じました。鉄筋で作られた本堂が多い中、ここのお寺は木造で風格も感じられます。自然豊かで、とても東京にあるお寺とは思えませんでした。
お寺の前を通る人も、ちょっと足を止めて境内に入ってくる人もいました。
こころ落ち着くお寺です。

みなさんも、ちょっと足を止めてお寺にお参りしてみてはいかがですか。

2008年5月5日月曜日

本の紹介

今日読んだ本を紹介します。



『後世への最大遺物   デンマルク国の話』 (内村鑑三著)

友人からすすめられた本です。やっと今日読むことができました。岩波文庫からでている本で100ページ程なのであっという間に読むことができました。
みなさんの後世への遺物は何でしょうか?何が後世に残せるでしょうか?そのあたりを実にわかりやすく説いています。講演で話したことが一冊の本になっており、前半は何が後世に残せるのか具体的に説いており、後半の「デンマルク国の話」では前半で説明したことが実践されている実話を紹介しています。生き方に悩んでいる人や学生にはおすすめです。




『となりのクレーマー 「苦情を言う人」との交渉術』 (関根眞一著)


お客様相談室で苦情処理をしていた著者が、これまでの経験をさまざまな事例を紹介しながら、どのように相手と交渉するのか説明している本です。自分の感情を抑えつつ、いかに冷静に対応するか、押したり、引いたりと、お見事な対処法でした。また接客の奥深さも知ることができました。

現代は感情労働の時代とも言われています。自分の感情をコントロールしながらいかにして接客、サービスを提供していくのか、さまざまな職種でもっとこれから要求されていきそうですね。


2008年5月3日土曜日

修行

昨夜寝ていると急に目がかゆくなりました。そんなにかいていませんが、両目が腫れてしまいました。途中で起きてかゆみ止めを塗ったのですが、今朝は片目が見事に腫れていました。
虫にでもかまれたのでしょうか???

連休も後半。来週は遠くへ修行に行こうと計画中。しかしGWだけに、飛行機も新幹線もバスも満席でした。 なんとか行きたいのですが・・・。

本当に修行ですか?とよく言われますが、もちろん修行ですよ。
とても便利な言葉です(笑)

2008年5月1日木曜日

悩みとともに



仏教では誰でも仏になる種(仏性)をもっていると考えます。それを育てていくのが仏教の目的でもあります。そして仏性以外に我々がもっているもの、それは煩悩です。それが邪魔するためになかなか仏性は表にでてきません。

「如来蔵経」という経典にはこの2つの関係を説明した話が載っています。

そこでは煩悩をミツバチ、仏性を蜜に喩えています。
蜜(仏性)を手に入れるためにはミツバチ(煩悩)を追い払わなければならず、しかしミツバチ(煩悩)を殺すと次回に蜜(仏性)を手に入れることはできません。よってミツバチ(煩悩)はそのままにして、蜜(仏性)を得ることを考えなくてはいけません。

お見事な喩えです。私は次のように考えてみました。
煩悩を『悩み』に、仏性を『よりよく生きたい自分』に置き換えます。
よりよく生きようとすると、そうでないと困るから必ず悩みが付きまとってきます。
しかし、その悩みをとろうとせずに、そのままにして、生きていくということです。

煩悩であれ、悩みであれ、悪いものとしてとらえがちですが、そうではなく、それらと共存していくことも大切だと思っています。



参考文献 「お寺の経済学」 中島隆信著 東洋経済新報社

2008年4月30日水曜日

プチ修行

離島で週末「本」の旅、2日目はお寺でのプチ修行。本堂に入り身を清めてから、写仏や写経を行いました。静かな本堂で、ただ文字、絵を書くことだけに集中した時間でした。
写経・写仏後は、じっくり仏様を眺めたり、お経の意味や仏教についてなどお坊さんに質問していました。






2008年4月29日火曜日

本の紹介

本の紹介では、父親より薦められた本や、これまで何度も読み返している本があったりなど参加者それぞれの思いを強く感じました。

本の紹介後は好きな本について、また司書の方が3名いましたので、図書館での仕事について、人気の本などなど話が盛り上がっていました。

皆さんからおすすめ本を紹介され、どれも読んでみたいですが、一番興味を引かれたのは次の2冊です。そして今度はまだ読んだことのない村上春樹を挑戦したいと思っています。



【パパラギ】
パパラギとは我々現代人のこと。パパラギとは正反対の世界に住んでいるサモア島の酋長がヨーロッパの文明国をまわり感じたことを島の人々に演説しそれをまとめたものがこの絵本です。演説集として大人向けの本もでています。(パパラギ-はじめて文明をみた南海の酋長ツイアビの演説集)

【青空のむこう】
翻訳しているのは芥川賞作家金原ひとみの父。死をテーマにした作品。
交通事故で亡くなった少年は生の世界でも死の世界でもない所にいた。青空のむこうへ行く前にどうしても現世にやり残したことがあり現世にもどる物語。もちろん幽霊として。

読み終わってからまた感想をお伝えできたらと思っています。

海士の岩ガキ「春香」

海士町で養殖している岩ガキ「春香」です。





離島で週末「本」の旅の交流会では、岩ガキも食べました。とても大きな身でふっくらしています。口の中に入れると海の香りが広がって行きます。とってもミルキーな岩がきです。

海士の岩ガキのホームページです。こちらから購入できます。 
    http://www2.crosstalk.or.jp/iwagaki/


隠岐牛の写真は食べるのに夢中となり・・・撮り忘れました。

2008年4月28日月曜日

おすすめの一冊

離島で週末「本」の旅、参加者のおすすめ本です。


おすすめ本について熱く語っています。








『タオ―老子』  加島祥造著



『生きてます、15歳。 500gで生まれた全盲の女の子』 井上美由紀著



『ノルウェイの森』  村上春樹著




絵本『パパラギ―はじめて文明を見た南の島の酋長ツイアビが話したこと』
エーリッヒ・ショイルマン編集/岡崎照男原訳  構成・絵 和田誠




『星の王子さま』 サンテグジュペリ著  池澤夏樹新訳




『旅をする木』 星野道夫著





『青空のむこう』 アレックスシアラー著  金原瑞人訳 




『孫子』 金谷治訳注