2011年3月26日土曜日

仏像界の中間管理職 <菩薩グループ>

仏像の世界はおおきく4つのグループに分かれています。
仏像界は如来を頂点に菩薩、明王、天の順番で構成されており
企業の中の役職のようにとても明確な上下関係が存在しています。
そしてそのグループ内でもさらに細かな役割が決められています。

前回は如来グループについて説明しました。
今回は庶民から圧倒的支持を受ける菩薩グループです。

弥勒(みろく)菩薩やおなじみの観音様(観世音菩薩)、お地蔵様も地蔵菩薩です。
企業の中の役職に例えると中間管理職にあたります。

つまり、如来が悟りを開いているのに対し菩薩は悟りを目指し修行中の身、上を目指して修行をしながら苦しむ人々を救う仏とされています。

菩薩とは修行僧という意味のサンスクリット語(古代インド語)ボーディ・サットヴァがもとになっています。

ちなみに釈迦の次に悟りを開くとされているのが弥勒(みろく)菩薩と言われています。しかし悟りを開くのは、宇宙の終わりといわれる56億7千万年後とされています。

如来は学者などのような難しい語り口で教えてくれますが、それを理解しがたい人も多いのです。一方で菩薩は同じことを説いてくれても、もっと優しく説いてくれるのです。だから菩薩のほうが庶民にとってはより身近な存在でした。

そしてすべての人々を救うには如来だけでは手が足りないということで菩薩は如来の脇に立ち如来とユニットで作られることが多かったのです。

釈迦如来の脇には文殊(もんじゅ)菩薩普賢(ふげん)菩薩
文殊菩薩は知恵をつかさどり、普賢菩薩は修行をつかさどる

三人寄れば文殊の知恵はこの文殊菩薩からきています

菩薩は立っていたり、動物に乗っていたり、腰をひねったり、片足を前に踏み出していたりしていますが、これは少しでも早く人々を救えるように動きを表しています。

その他にも菩薩は美しい布をまとい、王冠やピアス、首飾りなどのアクセサリーを身につけた姿でつくられ、これは釈迦の出家前の王族時代の姿をあらわしています。
我々俗人にきわめて近いということをあらわしており、より身近な存在として非常に人気がでてきました。特に鎌倉時代以降、庶民信仰の中で人気が出ました。
悟りを開いている如来よりも身近な存在として、そのきらびやかな外見もあいまって菩薩は上司の如来を凌ぐ人気を持つようになりました。

それを象徴するのが観世音(かんぜおん)菩薩です。
観音菩薩は非常に優しい顔でつくられていて、菩薩の中でも超人気者となりました。

観音菩薩はもともと女性でも男性でもないのですが、優しいイメージで近づくものを広く暖かく受け入れてくれる為、いつしか仏像の姿も女性のイメージになり、爆発的人気になっていきました。

あまりの人気に、如来を差し置いて単独で活動するようになり、さらに人々の欲望のままに変身をとげるようになっていきました。

二本の手だけでは人々を救いきれないだろうと、救いの手を増やした結果が
あの千手観音です。

世界中をもっと見渡してもらおうと、顔を11に増やした十一面観音まで存在します。
京都三十三間堂の場合は、千対の観音像で千の手を表現しています。これならどんな人でも救えてしまいます。
さらに、大船観音、高崎観音のように、手が増え、顔が増えるだけでなく、巨大化までして色々な人を救うのが観音様なのです。


(大船観音写真)


しかし観音様は寺まで拝みに行かなければ人々を救ってくれません。
でも世の中にはもっと親切な菩薩がいます。
それが地蔵菩薩です。

次回は地蔵菩薩について説明します。


参考:1/3放送 日テレ「たけしの教科書に載らない日本人の謎!仏教と怨霊と天皇…なぜホトケ様を拝むのか」

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