2014年12月2日火曜日

写経体験してみませんか?

写経体験



お寺で写経をしてみませんか?

字の上手い下手は関係ありません。
一字一字丁寧に書き写すだけです。
集中していくと、心が落ちつき、ゆったりとした時間を過ごすことができます。


一年の締めくくりに、あるいは一年の心の垢を落としてみる気持ちでお気軽にご参加ください。


 日 時  12月20日(土)

      13:00~15:30までの間で

      お好きな時間にお越しください。
     
   (本堂よりご自由にお入りください)          

 場 所  菱浦 西方寺

 対 象  小学生高学年以上

 冥加料  800
         

*携行品は特にありません。お寺で全て用意しております。

*写経は1時間程度かかります。
 終了時間は16:30となります。

*お問い合わせは 
   西方寺 2-0846


2013年9月2日月曜日

両肩に何か見えますよ~



人は生まれると、両肩に倶生神(ぐしょうじん)と呼ばれる神がつくと言われています。


倶生神は男女に分かれており、右側の肩には女性の神が、左側には男性の神がつくとされています。

そして、女性の神は悪行を、男性の神は善行を死ぬまで記録しつづけるのです。


死後、その記録は閻魔様へ報告されるので、嘘をついてもすぐわかってしまうのです。

誰も見ていないからと、悪いことをしても必ず倶生神がみています。


嘘をついて閻魔様に舌をぬかれないように。






2013年8月22日木曜日

子どもからのするど~い質問

お寺の掲示板に次のような言葉が書かれているのを見て、ドキッとしたことがあります。




小学生からの質問です。

「子どもはやがて大人になるけども、大人はいったい何になるの?」







夏の間でも、子どもは様々な経験をして大人の階段を着実に登っています。

では大人は何になるのでしょうか?


おじいさん?


おばあさん?


骨?



そういうことではありませんね。




いくつになっても自分としっかり向き合っていかなくては・・・

2013年8月16日金曜日

栴檀(せんだん)と南縁草(なんえんそう)


昔、インドに栴檀(せんだん)という木があり、その根元には南縁草(なんえんそう)という汚い草が沢山生えていた。あまりにも汚いのでその草を刈り取ると、栴檀の木が枯れてしまった。
調べてみると、栴檀は南縁草を肥やしにして成長し、南縁草は栴檀から落ちてくる露によって育っていることがわかった。 


これは、落語「百年目」の中ででてくる噺です。
このような関係はちょうど泥中と蓮の関係に似ていますね。

蓮は泥中にあり、美しい環境ではありません。しかしそこからでも栄養素を吸収して成長していき、汚れのない綺麗な華を咲かせます。

お互い支えあいながら成長している素晴らしい関係なのですが、、ついつい相手のことを忘れたり、邪魔者にてしまったり、感謝の心を忘れてしまうのが、煩悩多い人間なのです。

蓮や栴檀を自分に置き換えてみて考えてみてはいかがでしょうか。
あなたにとっての泥中や南縁草はなんでしょうか?


2013年8月1日木曜日

お寺でのプチ修行

●7月6日(土)

今年も海士の小学校4年生を対象に2泊3日の通学合宿が行われ、最終日に朝早くからお寺でプチ修行を行いました。


●7月23日(火)

毎年恒例の放課後児童クラブ「あまっ子」に参加している子どもを対象にプチ修行を行いました。

(1回目)

●8月20日(火) 10:00~11:00

2回目が行われます。
   

2012年12月31日月曜日

よいお年を

いよいよ今年も残りあと数時間となりました。
あまり今年は更新できませんでしたが、読んでくださった皆様に心よりお礼を申し上げます。

来年が素晴らしい一年になりますようお祈りいたします。



2012年10月7日日曜日

縦のつながり

人は息を吐いて亡くなります。

しかし、息を引き取るといいます。


これは、残されたご遺族が、

もう息をしなくてもよいですよ

その息は我々が引き取りました、引き受けましたから、安らかに眠ってください。

という意味がこめられています。

息を引き取り、受け継ぐことで、命のバトンを繋いでいくということです。


インターネットなど「横との繋がり」ばかり流行っている世の中こそ、先祖代々連綿と伝わってきた

命という「縦の繋がり」をしっかり見つめて欲しいと思う今日この頃です。

2012年7月7日土曜日

通学合宿でプチ修行



今週の木曜日から、海士小・福井小4年生児童を対象に、教育委員会主催で2泊3日の通学合宿を行っています。

通学合宿とは、地域の公共施設に寝泊りして、学校へ通う取り組みのことで
そこでは、日常生活に欠かせないごはん作りなどを地域の方に協力して
もらいながら体験したり、公共施設でのお風呂利用や地域でもらい湯体験もします。

今日は最終日で、朝早くからお寺に来て、プチ修行を行いました。
眠い目をこすりながら、子どもたちは一生懸命修行を行っていました。

子どもたちには、親のありがたみや、感謝の心、相手を思いやる心
お陰様の心を大切にするよう話をしました。


島根県はふるまい向上県民運動に力を入れています。
地域と子ども、子ども同士のふれあいを通してふるまい向上につながればと
思います。

2012年6月12日火曜日

ロウソクの意味について

これまで合掌やお線香について述べてきましたが、今回はロウソクについて
説明していきます。

ロウソクなどで灯した明かりのことを灯明といいます。
灯明の明かりは、闇を除いて全てを明るく照らすように
我々の迷いや煩悩の闇に光を当てて、それらを取り除くとされています。

そして、灯明の「光」は、仏様の智慧を表し
灯明の「熱」は、慈悲の温もりを表すと言われています。
仏様の智慧と慈悲によって我々は救われていくのです。


また自ら燃やすことで周りを照らし出すのは、自分の身を削って周囲のために
施すという仏教の目指す生き方を示してもいるのです。

尚、お線香やロウソクの火を消すときは、息で吹き消してはいけません。
我々の息は、「不浄の息」とされており、仏様を汚すことになるからです。


お灯明に関する「貧者の一灯」というお話があるので紹介します。


お釈迦様がある村で説法する時のお話です。

村ではお釈迦様を供養しようと沢山の明かりを灯していました。
千も万も、自分の力を示すために明かりを灯すお金持ちの人が多くいる中で、
明かりを一つも買うことができないとても貧しい老婆がおりました。

老婆はこれまで供養ができなかったので、今回はせめて一灯だけでもと、
自分の髪の毛を売り、油を購入し、沢山の灯明の中に一灯を置くことができました。


お釈迦様がお見えになり説法を始めようとすると、突然風が吹き沢山の灯明が
消えていきました。しかし一つの灯明だけが消えずに周囲を照らしていました。
それは、老婆が捧げた灯明だったのです。

お釈迦様は、
「どんなに沢山の灯明でも、心がこもっていなかったり見栄だけのものは
微風でもすぐに消えるのです。どんなに小さな灯明でも心のこもっているものは、
大風でも消えないのです」
と心のこもった供養の大切さを説かれました。
お金をかけたものよりも、わずかでも心のこもったものの方が尊いのです。



普段は何も考えずに火をつけていることが多いと思います。
意味を考え心をこめて明かりを灯していきましょう。



2012年6月8日金曜日

お線香は何本たてるの???

よくお線香は何本立てればよいですか?と質問されることが多いのですが、
その前に考えなくてはいけないことがあると思います。
それはなぜお線香をたてるのか?ということ。
この質問は残念ながらほとんどありません。

お線香は立てるものと同時にお供えするものでもあります。
香典(こうでん)といいますが、もともとはお香をお供えする意味でしたが、
いつしかお金を包むようになりました。


「香典」は「奠」とも書き、「奠」の字は供え物を意味しています。


経典では「仏は香りを食する」とあるように、仏様は香りを召し上がるといわれています。なので香りをお供えするということになるのです。だからこそ本数よりもどんな香りなのかが大切なのです。
また、もともとインドでは酷暑の気候による悪臭を取り除くためにお香を焚いていました。
仏教ではそれを仏様を供養する方法に取り入れました。
祈りをささげる時に、お香を焚いたり、お線香をたてることで煩悩だらけの心身を清めるという
意味もこめられているのです。


では、何本立てるのがよいのでしょうか?


特に正解はありません。
まずは心身を清める、よい香りをお供えするという意味をこめてお線香をお供えすれば一本でもよいと私は考えています。


ただ、ご年配の人からや菩提寺から何本にしなさいと言われていれば、それには従った方がよいと思います。


よく言われているのは、一~三本です。


三本の意味としては、
 仏様、お経、お坊さんに一本ずつお供えするという意味があったり
 過去の仏様、現在の仏様、未来の仏様
 (つまり、我々の前世、現世、来世に向けて一本ずつお供えするという意味)もあります。


私がみてきた中では、二本お供えする人が多いです。
仏様と自分に対してお供えするという意味があるようです。
(家の仏壇などは二本が多いですね)


また、49日までは一本であるべきと言う人もいます。
理由は、あの世とこの世は一本道だからだそうです。
この時何本もお供えすると、死者が道を迷うとか。
49日まではお線香をあげる人が多いので、一本と理解したほうがわかりやすいかも
しれませんが・・・。




何本あげるにしても意味を忘れずに気持ちをこめてお線香をお供えしましょう。


最後に、
お香は匂いを「嗅ぐ」ではなく、「きく」といいます。
お香をお供えしたからといって心身は清められません。
煩悩だらけの自分自身の心に耳を傾け「きいて」いきましょう。