仕事で一週間隠岐の島町におりました。
金曜日に帰る予定が、レインボーが欠航して土曜日に…
船が欠航するとどうしようもなく、あきらめるしかありません。
帰ってからメールをチェックすると外国の知り合いから
母親が癌で亡くなりました。こちらでは教会で葬式を行います。
日本では阿弥陀様にお祈りしてください。
という内容でメールが届いておりました。
どのような言葉をかけてよいのかしばらく悩みました。
母親の死という状況にもかかわらず、自分の国の宗教だけにとらわれずに、阿弥陀様のことにも考えが及ぶことには驚きでした。
お母様のご冥福をお祈りいたします。
合掌
私たちを悩ませ苦しめている心の働きを「煩悩」と言います。 「煩悩の犬は追えども去らず」と言われるように人間の心にまとわりつくものです。そんな煩悩とどう付き合っていくのか、煩悩のかたまりであるわたくし、和尚と考えていきましょう。
2009年5月31日日曜日
2009年5月20日水曜日
地球にやさしい???
エコポイントにエコカーなどなど、最近はエコという言葉がうんざりするぐらい氾濫しています。また「地球・環境にやさしい」という宣伝文句もあふれています。
でもエコって一体何なのでしょうね?
最近のエコについてうなずけることを書いている本がありました。
以下どうぞ。
本当に環境のことを考えている人は、いつも自然に、さりげなく実践しているような気がします。環境にやさしいからとかそういうことはまず言わない。そして強要もしていないように感じます。
今あるものをできるだけ無駄なく大切に使わせて頂くことがエコだと私は理解しています。
でもエコって一体何なのでしょうね?
最近のエコについてうなずけることを書いている本がありました。
以下どうぞ。
最近は「地球にやさしい」とか「環境にやさしい」などと、気持の悪いことを言う人が多い。私に言わせれば、そんなことを平気で口にする奴ほどやさしくない。打算ときれいごとの極みだからだ。
だいたい地球にやさしいとは何事か?人間は地球にやさしくできるほどエライ存在ではない。話は逆で、人間がこんなに自然を破壊しながらも、地球がまだやさしくしてくれているから、われわれは生きていられるのだ。やさしさなどという言葉をそうやたらに使うべきではないし、そんな資格もない人間がやさしさを求めるのはおかしい。
(PHP新書 川北義則著 「人間関係のしきたり」より引用)
本当に環境のことを考えている人は、いつも自然に、さりげなく実践しているような気がします。環境にやさしいからとかそういうことはまず言わない。そして強要もしていないように感じます。
今あるものをできるだけ無駄なく大切に使わせて頂くことがエコだと私は理解しています。
2009年5月16日土曜日
家で吉野家の牛丼が食べられる
2009年5月14日木曜日
両忘
「両忘」という言葉。
これは禅の言葉です。
全てのことが善悪、白黒はっきりとするものではない。
よいのか、悪いのか、両方を忘れてみるのです。
言い換えれば、よいのか、悪いのかで判断しようとする考えを忘れてみることです。
生と死、是と非、善と悪、苦と楽、愛と憎、内と外などのように分類しようとするのではなく、それよりも「今、この瞬間」を精一杯生きること。
分けようとするから不安になるのです。
これは禅の言葉です。
全てのことが善悪、白黒はっきりとするものではない。
よいのか、悪いのか、両方を忘れてみるのです。
言い換えれば、よいのか、悪いのかで判断しようとする考えを忘れてみることです。
生と死、是と非、善と悪、苦と楽、愛と憎、内と外などのように分類しようとするのではなく、それよりも「今、この瞬間」を精一杯生きること。
分けようとするから不安になるのです。
2009年5月12日火曜日
Fanta ふるふるシェイカー
2009年5月5日火曜日
六地蔵
お墓の入り口には六体のお地蔵さんがよく祀られています。
これは「六地蔵」と呼ばれています。
なぜ六体なの?
仏教では、人は死んでから六道の世界を生まれ変わりそれを繰り返すと言われています。
六道とは
天道(てんどう)
天人が住む世界で空を飛ぶことができます。
寿命は人間よりも長く悩み・苦しみも人間よりははるかに
少ない世界です。
人間道(にんげんどう)
我々が住む世界のことです。悩み・苦しみが多い世界です。
修羅道(しゅらどう)
修羅が住み、争いの絶えない世界です。
畜生道(ちくしょうどう)
人間以外の生き物を畜生といい、他人のことを一切考えない
自分中心の世界です。
餓鬼道(がきどう)
欲しいものが手に入らない世界です。
餓鬼はいつも飢えや渇きに苦しんでいます。
地獄道(じごくどう)
一番苦しみの多い罰のある世界です。
どの世界に生まれ変わるのかは、生前の行いで決まるとされています。
いずれの世界も悩み苦しみのある世界で、仏教ではこれらの世界から解脱することが目的なのです。
六体のお地蔵様にはそれぞれ役割があり六道にいる者を救い導くと言われています。
この世とあの世の境であるお墓の入口は六道の入り口でもあります。
そこに六地蔵を祀ることにより、お地蔵さまが我々を救ってくれるのです。
2009年5月4日月曜日
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